17.06.15
そして
昨日と今日、行田公園の花菖蒲に誘われて、出勤前のウォーキングは「ふたつの公園をめぐる散歩道」です。学校の隣の「スポーツ・健康の森公園」脇のスタート「よろこびの門」を通ると、センサーがはたらいて「時計台の鐘」のゆったりとしたメロディーが流れます。作詞・作曲は高階哲夫。
滑川市立博物館のホームページ「郷土の先賢」には次のように紹介されています。
たかしなてつお 音楽家 明治29年(1896)3月5日~昭和20年(1945)4月17日
滑川町(現滑川市)山王町に開達小学校(現田中小学校)校長・瀬木辰巳の三男として生まれました。教員一家の養子になり、富山県師範学校(現富山大学)を経て周囲の期待通り教職の道に就くも辞職。東京音楽学校(現東京芸術大学)へ入学してヴァイオリンを専攻します。卒業後は演奏活動を通して、ヴァイオリニストとしての名声を高め、その後は指揮者としての地位も確立していきました。代表曲として「時計台の鐘」(作詞・作曲)ほか。
きれいに整備されたのぞみ沿いの散歩道をコースに従って行き、旧8号線の消防署前のほうから行田公園に入ると間もなく思いがけずせせらぎの音。しばらく行くと森の中に忽然と花菖蒲の園が。
滑川市観光協会のホームページは次のように紹介しています。
行田公園(ぎょうでんこうえん)は 四季折々に咲く花が美しい 6.6万平方メートルの自然公園です。
特に花菖蒲の見ごろは、6月中旬~下旬頃で、きれいなアヤメやショウブ88種類、4万株が咲き誇ります。
かつて京都祗園社の荘園の一部であったことから、祗園田とよばれ、やがて「ぎょうでん」と呼ばれるようになりました。
「とやまの名水」にも選ばれた「行田の沢清水」が園内いたるところで湧き出ており、ホタルの名所として自然豊かな森を形成しています。
青紫や赤紫、白い花のすらりとした姿は、凛とした女性を思わせます。 その花言葉は「うれしい知らせ」だとか。するとそこに蝶が舞い降りて、瞬間なにかを知らせているかのように思えたことでしたが、すぐにまた空中に舞っていきました。しかし蝶の来訪は意外でちょっとうれしいことでした。
今日は昨日と逆回りで歩き、ゴールがよろこびの門となり、この門を抜けて一日の仕事がが始まりました。
明日からもまた「日々是好日」毎日が生きるよろこびでありたいものです。
学校長 長谷川成樹
17.06.07
ということで
今朝、空は曇りで気温も高くなく、歩くのにちょうどいい感じだったので、出勤前に隣のスポーツ・健康の森公園でミニ散歩をしました。
途中の「うんどう遊園」ですこし遊び、公園の外に出て「のぞみ川沿い緑道公園」入口のモニュメント「よろこびの門」の写真を撮ったりして、30分足らずの時間でしたが、日常生活の中でちょっとした気分転換ができました。
継続は力なり。毎日続けること、習慣化することが大事だということはもちろん分かってはいるのですが(ほんとうに?)、今日は暑い、風が強い、時間がないなどと言い訳をして久しぶりになりました。
コースは陸上競技と同じで左回りにコース設定されているのですが、気紛れに右回りしたところ、やはりウォーキングの職員のIさんとすれ違いました。「おはようございます」と挨拶を交わし、「始められたのですか」の問いに「ぼちぼちねー」と。そう、何事も無理せずぼちぼちです。
学校長 長谷川成樹
17.06.06
隣の
スポーツ・健康の森公園について、昨年の本校創立20周年に滑川市の上田昌孝市長からいただいた祝辞(「富山医療福祉専門学校創立20周年記念誌」2016年6月)に次のようにあります。
学校周辺には、総合体育センターや武道館、全天候型400mトラックを備えた陸上競技場も整備されており、心豊かな人間性と健康な体を兼ね備えた質の高い医療従事者の養成に必要な条件が揃っております。
貴校で学ばれる生徒の皆様におかれましては、この素晴らしい環境のもと学業や課外活動に専念され、友や師と語り、そして信頼を培い、医療・福祉の現場で活躍したいという皆様の夢に向かって邁進してほしいと思います。
公園内にはそのほか、健康増進施設「うんどう遊園」「長寿いきいき広場」やランニングコース、遊歩道やビオトープも整備されており、健康増進と医療福祉に向かう学生の環境としては申し分ありません。
市民の皆さんと共に、日々積極的に活用させていただきたいものです。
学校長 長谷川成樹
17.06.05
校歌の「剱ヶ嶺」は
剱岳です。写真は5月、富山医療福祉専門学校の隣のスポーツ・健康の森公園からです。
剱岳の名称について「剱岳地名大辞典」(佐伯邦夫「立山カルデラ砂防博物館研究紀要 第13号」2015年8月所収)に次のようにあります。
山名の謂われは、鋭く天を突く山容からと思われる。剱という名称が記された最初の文書は、1585年(天正13)年、豊臣秀吉が越中佐々成政攻略にあたり近畿の寺社大名に送った書とされる。これには「先勢東は立山つるぎの山麓まで悉く放火せしめ候‥‥」とある。以来「剣」の意味を基本に、劔ヶ嶽、劔峰、劔山等々多様な呼ばれ方をしてきた。用字においてはさらに複雑で当用漢字の「剣」をはじめ剱、劔、劍、釼など、偏と旁の組み合わせで十指を超える表記がなされてきた。地元上市町では2003年町議会でこの問題を取り上げ「剱」に統一すべく国土地理院へ申請、2004年発行の2.5万分の1図から剱岳をはじめ関連する前剱、剱沢、剱大滝などすべてが「剱」に修正された。
なるほど、深イイ、ガッテン。
剱岳の「凛々しき姿仰ぎみて われらが胸に萌えいづる 強き志」と校歌にあります。まさに剱岳の「鋭く天を突く」ような強い志を持って生きたいものです。
『論語』に「これを仰げばいよいよ高く、これを鑽ればいよいよ堅し」とあります。いつまでも、目指す山と人は高くありたいものです。
学校長 長谷川成樹
17.06.02
校歌について
平成22年の北日本新聞朝刊の連載をまとめた『わが半生の記 越中人の系譜 第13巻』(2010年12月 北日本新聞社)に作詞者の言葉が次のようにあります。
平成8年、滑川市柳原に開校した富山医療福祉専門学校(理学療法学科、作業療法学科、介護福祉学科、看護学科)の校歌は、私が作詞し、東京芸術大学作曲科教授だった故松村禎三さんが作曲しました。
1題目に剱岳、2題目は富山平野、3題目には蛍烏賊を歌詞に織り込みました。立派に羽ばたく学生たちが剱岳や富山平野、ホタルイカを忘れず、学校で学んだことを誇りにして頑張ってほしいという願いを込めました。
校歌には創設者の学校への思いがあふれています。校歌を歌うとき、私たちは歌詞を歌い継ぐと同時に山田禎一という一人の人の熱い思いを受け継いでいるのです。
なお、幅250cmの額の書は滑川市の書家・山岡壽海。
学校長 長谷川成樹
17.06.01
校章について
デザインは、本校に先立って開校した系列の東京南看護専門学校と共通し、山の大きさと、その安定した形をモチーフに、光の輝きのイメージを重ね合わせています。うしろのリングは、光の輪をあらわしています。
本校においては、山はキャンパスから真正面に見る剱岳であり、光の輪は山のうしろから昇る朝日で、校歌冒頭の「紺碧の空 ひろがりて 朝日に映ゆる 白雪の 劔ヶ嶺ぞ 聳えたり」にあてはまります。また、光は2番の「北斗の星の 輝き」であり、3番の「青き蛍火」「神秘の光」でもあります。
そして、三方に輝く光と輪は、全体で本校の教育理念「知識力、人間性、対応力で有用の人に」を意味しています。すなわち知識力、人間性、対応力の三つで医療福祉の分野に輝く人ということです。
校章にはこんなメッセージがあるのでした。
学校長 長谷川成樹
17.05.19
看護フェスティバル
平成29年5月7日(日)
富山県看護協会 第27回「看護の日」看護フェスティバルに参加しました。
看護学校紹介コーナーへポスターを展示し、ユニフォームファッションショーに出演しました。
滑川市のマスコットキャラクター、キラリンとピッカ姉弟も友情出演してくれました。